以下、Red Wing ShoesのFacebookの記事、"A Little Bit About Charles Beckman"の訳です。英語特有の表現があるので、若干意訳しています。
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(Photo: Red Wing Shoe Company, Facebook) |
レッドウイング創業者のチャールズ・ベックマンは、レッドウイングを立ち上げる前に靴の販売業を営んでいたことをご存知ですか?
レッドウイング設立から22年前の1883年にSB Footの協力を得て、靴の販売会社、the C. Beckman and Co.を立ち上げました。そしてその後の22年に渡って、周辺地域で50万足を販売し、大成功を収めました。
1904年に、ベックマンは作りの良いフットウェアの必要性・需要が非常に大きいと考え、Red Wing Shoe Companyを設立することを決意しました。
彼の販売の経験から学んだ、”当時の標準的な靴よりも耐久性と快適性が高いワークシューズが必要であること”、それは、100年以上経った今でも我々のすべての顧客に提供していることです。
引用、訳は以上。続いて、Red Wing Heritageのホームページの歴史の中の一番最初の写真です。
”1905年、地元の靴の卸売業の成功者、チャールズベックマンは、14人の投資家と一緒にRed Wing Shoe Companyを設立した。”と注釈があります。
別の資料では、ベックマンは靴の販売会社をたたみ、レッドウイングを立ち上げたと書かれているものもあります。
ここまでの話を読んで、疑問を持ちました。
まず頭に浮かんだのは、”なぜ靴の販売事業を閉鎖してレッドウィングを立ち上げたのか?”でした。
靴の製造事業を始めるのであれば、これまで22年間営んできた靴の販売店舗、チャネル、抱えている顧客などの資産・実績を活用する方が自然だと思います。
地元の地域に根ざして成功を収めていたと書かれている販売会社を閉鎖する必要があったのか?あまり、妥当な理由が思い浮かびませんでした。
そしてさらに不思議なのが、レッドウイングを創業する時に、ベックマンに加えて14人の投資家が加わって新会社を設立していることです。
新しく会社を設立するのにはかなりのお金が必要だったのだとは思いますが、一般的に考えると、靴の販売で成功している会社であれば、事業拡大のため靴の製造も手がけることは比較的自然であり、融資も得やすいと思います。
靴の販売業は成功していたが、レッドウイング創業前頃には状況が変わって、負の資産が膨れていたのかもしれません。または、負ではなくても、あまりお金がなく事業継続にゆきずまっていた。
そのため、会社を閉鎖して、新しい会社を立ち上げた。と言うのは一つ考えられるシナリオです。
それにしても、せっかく持っている靴の販売チャネルを閉鎖する必要があったのだろうか?と思っていました。
そして、その答えになると思われるものが、今年の夏にヨーロッパで発行されたRed Wing Postの中の写真にありました。
写真の一番左の建物に"BUY YOUR SHOES AT BECKMAN'S"と書かれています。ベックマンの靴の販売店(会社)のサインです。
これだけだと、”これは1905年より前の写真だ”と言われてしまう可能性があります。
しかし、さらにもう一枚、決定的なものがあります。
レッドウイングの歴史に最初に販売された靴は1.75ドルだったとされています。
これはレッドウイングの設立後初期の頃の広告だと思われます。このチラシはクローズアウト・セールと書かれています。クローズアウト・セールは、一般的に閉店セールのことです。
ちらしの下にC. Beckmanと大きく書かれています。
このちらしから、レッドウイングを立ち上げて、最初の靴を生産していた時は、まだ、ベックマンの靴の販売会社は存在していたことを示しています。
そして、おそらく新会社が立ち上がって、靴の生産を開始した後、ベックマンの靴の販売業は閉鎖となったと思われます。
靴の製造会社の設立当初は生産規模も小さいため、靴の販売業の方はレッドウイングだけでなく従来からの取引のあるメーカーの靴も多く取り扱っていたと思われます。
販売代理店が靴の製造に参入したら、これまで取引を行っていた靴メーカーは歓迎しないと思います。それらの事情から販売の事業は閉鎖して、製造に専念したと考えられます。
冒頭で紹介したチャールズベックマンの話やレッドウイングの歴史の始めの部分を読んだ時に抱いた疑問、釈然としないものが残っていたのですが、それが今回Red Wing Postの中の写真を見て、かなりスッキリしました。
この様な話に、ご興味のあるかたは多くないかもしれません。(苦笑)ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
靴の製造事業を始めるのであれば、これまで22年間営んできた靴の販売店舗、チャネル、抱えている顧客などの資産・実績を活用する方が自然だと思います。
地元の地域に根ざして成功を収めていたと書かれている販売会社を閉鎖する必要があったのか?あまり、妥当な理由が思い浮かびませんでした。
そしてさらに不思議なのが、レッドウイングを創業する時に、ベックマンに加えて14人の投資家が加わって新会社を設立していることです。
新しく会社を設立するのにはかなりのお金が必要だったのだとは思いますが、一般的に考えると、靴の販売で成功している会社であれば、事業拡大のため靴の製造も手がけることは比較的自然であり、融資も得やすいと思います。
靴の販売業は成功していたが、レッドウイング創業前頃には状況が変わって、負の資産が膨れていたのかもしれません。または、負ではなくても、あまりお金がなく事業継続にゆきずまっていた。
そのため、会社を閉鎖して、新しい会社を立ち上げた。と言うのは一つ考えられるシナリオです。
それにしても、せっかく持っている靴の販売チャネルを閉鎖する必要があったのだろうか?と思っていました。
そして、その答えになると思われるものが、今年の夏にヨーロッパで発行されたRed Wing Postの中の写真にありました。
写真の一番左の建物に"BUY YOUR SHOES AT BECKMAN'S"と書かれています。ベックマンの靴の販売店(会社)のサインです。
これだけだと、”これは1905年より前の写真だ”と言われてしまう可能性があります。
しかし、さらにもう一枚、決定的なものがあります。
レッドウイングの歴史に最初に販売された靴は1.75ドルだったとされています。
これはレッドウイングの設立後初期の頃の広告だと思われます。このチラシはクローズアウト・セールと書かれています。クローズアウト・セールは、一般的に閉店セールのことです。
ちらしの下にC. Beckmanと大きく書かれています。
このちらしから、レッドウイングを立ち上げて、最初の靴を生産していた時は、まだ、ベックマンの靴の販売会社は存在していたことを示しています。
そして、おそらく新会社が立ち上がって、靴の生産を開始した後、ベックマンの靴の販売業は閉鎖となったと思われます。
靴の製造会社の設立当初は生産規模も小さいため、靴の販売業の方はレッドウイングだけでなく従来からの取引のあるメーカーの靴も多く取り扱っていたと思われます。
販売代理店が靴の製造に参入したら、これまで取引を行っていた靴メーカーは歓迎しないと思います。それらの事情から販売の事業は閉鎖して、製造に専念したと考えられます。
冒頭で紹介したチャールズベックマンの話やレッドウイングの歴史の始めの部分を読んだ時に抱いた疑問、釈然としないものが残っていたのですが、それが今回Red Wing Postの中の写真を見て、かなりスッキリしました。
この様な話に、ご興味のあるかたは多くないかもしれません。(苦笑)ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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